自分でコントロールしようとするから苦しくなる

ノンデュアリティー
という言葉を聞いたことが
ありますか?
全てのものは、
ひとつから発生している、
という考え方です。
あまりにも苦しすぎると
この言葉がストンと
腑に落ちます。

大病をしたり、
リストラされたりして、
命綱である仕事を
失ったとします。

お金がない、
という現実は
こういうことなのか、
としみじみ感じ、
どうにかならないものかと、
あらゆる手段にトライして、
今の苦しみから
逃れようとするのが人間です。

自分の社会的地位を
守るために、
人を蹴落とす人も
たくさんいるでしょう。

自分が上司に叱られない
ようにするために、
罪を他人になすりつけたり、
人を騙してでも、
自分だけが儲かる仕組みを
考えたり、
自分が幸せになるためには、
どうしたらいいのか、
人間は死ぬまで
考え続けて最後に
死にます。

そこまで利己的な
人ばかりじゃないと、
怒られそうですが、
私が言っているのは、
究極的に困った人が
最後に辿り着くのが、
ワンネスじゃないかと
思うわけです。

悟りを開くと楽になる、
という人がいますが、
人間は死ぬまで
悟れないんじゃないですか?

人間には欲があるし、
死にたくないのです。
たくさんお金を稼いで、
楽しい人生を送りたいのです。

しかし、
自分の意思に関係なく、
病気や貧困がやってきて、
生きている限り、
苦しみは嫌になる程、
やってきます。

あれだけ努力したのに
あんなにお金を使ったのに、
あれだけ汗水垂らして
働いたのに、、、

自分が頑張った分だけ、
成果が立派なものになる、
と考えるから苦しくなる。

人生で起こってくることは、
あなたの努力や労働力や
使ったお金とは無関係に、
起こるのです。
自然に起こってくるのですから、
どうしようもない。

何もしなくてもいい、
と言っているのではなく、
あなたが決めたやり方は、
本当はあなたが決めたのではなく、
自然発生したものです。
努力イコール成功
という方程式は
人間が考えた勝手な
思い込みに過ぎない。

努力したいという思いすら、
あなたの努力ではなく、
努力も自然発生的に
起こっています。
自分でコントロール
できるものなど一つもないのです。

ノンデュアリティー
の考え方の中では、
「私」という存在がない
わけですから、
そもそも誰も
苦しんでいる人はいないのです。
ここまで言うと
頭が変になりそうですよね。

人間として生きている限り、
悟りを開くのは無理ですね。
悟りを開くことができるとしたら、
死んでからじゃないですかね?

何が言いたいのかと言うと、
起こった問題は、
あなたのせいで
起こったのではなく、
あなたがコントロール
できるものは何一つない、
と言うことに気づくことです。

全部ワンネスのせいにするなんて、
基地外でしょ?
と怒られそうですが、
人間がワンネスを
理解することはできません。

私達人間は一人一人、
全員ワンネスと繋がっていて、
というか、ワンネスそのもので、
ワンネスから逃れることは
できません。

ワンネスが神だとすると、
戦争のような不条理なことも
神、つまりワンネスが
起こしたことになります。

私達人間が、
考えている「愛」は、
神が考えている「愛」とは、
違うものではないか、
と最近思います。
すべてが「愛」であり、
「ワンネス」である。
ということは、
戦争も神の愛と
いうことになるよね。

とりあえず、
私達は人間なので、
人間として生きていれば、
いいんじゃないですか?

困ったことが起こっても、
流れる川に身を任せるように、
流れていく自分を
見ていればいいんじゃないですかね?

努力したくなったら、
努力すればいいし、
何もする気がなくなったら、
何もしなくていい。

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