『これのこと』By ジョーイ・ロット

なんの努力もしないで勝ち取る自由がある。
ほとんどの人が
今よりもっと自由な世界をゲットするために、
生に抵抗している。
そうしている限り、
いつまでたっても自由はやってこない。
生を喜んで受け入れる本来の自分のあり方に気付くと、
人生の脅威から解放される。

私がまだ幼かったころ、
一人でいる時に、
「見る」という行為を
非常に怖いものに感じていた。
学校から帰って、
ランドセルのベルトを見ていた。
あるものを「見る」という行為を
している存在が私ひとりだということに
強烈な孤独感を感じていた。
その不思議な孤独感は、
いまでもちょくちょく私のところにやってきて、
この世に存在しているのは私だけで、
他には誰も存在していない、
という奇妙な感覚を私につきつけてくる。
最近、ノンデュアリティーの考え方に触れて、
「見る」という行為をしているのは、
私ではないことに気付いた。
もちろん他の人でもない。
すべてを見ているのは「これ」だけである。
なんとなく分かるような気がする。
作者のジョーイは、
「これ」は全ての人に平等に存在していて、
なんの見返りも与えず、
年齢、経験、性別、国籍、宗教によっても、
人を区別しないという。
どんな人の人生にも、
自分が気に入るか気に入らないかに関係なく、
いろんな事態や感情を経験することになる。
どんな問題が起こっても、
解決しようとせず、
どんな事態とも戦わず、
不快なことを取り除こうとせず、
そのまんまを「見る」
つまり、「生」に抵抗しない。
そこに本当の自由があるのかもしれない。
大きな夢を描いて、
なりたい自分を目指している人はたくさんいる。
でも、その夢が拷問に変わってしまうことがある。
大きな目標を設定すると、
人生は思い通りにならないから、
日々の生活が苦痛になる。
にっちもさっちもいかなくなったら、
現状を受け入れるしかなくなる。
なりたい自分になれたらいいが、
なれなくてもいい。
そのまんまを受け入れると、
その時点からまた新しい道が与えられるような気がする。

 

すべてはひとつであって、
この世界には誰も存在していない。
次々と矢継ぎ早にやってくる困難を味わっているのは、
実はあなたではない。
存在しているのは、ただ「これ」だけだ。
すべては、今ここにある。
溺れそうになっている時に、
手足をばたつかせたら、もっと溺れそうになる。
手足を動かさず、
顔を水面に出していると、
体が浮かんでくる。
もしかしたら、
何か浮袋の代わりになるような物が、
身近に浮かんでいるのを発見するかもしれない。

 

恐怖と不安の中でおびえて生活していた作者が、
どのような過程を経て、
努力のいらない幸福をゲットしたのか。
苦しんでいるあなたへ、
ノンデュアリティーからのメッセージを
読んでみませんか。

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