人を注意したりすると後で困るのは注意した人!

正義の味方にならなくてもよい。
知らんぷりをするのはずるいと思われがちだけど、
知らんぷりも生き易くするためには必要。
正論を言い続ける人は、
最後に孤立するか、嫌われるのが現実。
正しいことを言っているのに、
なぜか嫌われてしまうのでしょうか。

京都の祇園にある花見小路

毎日顔を合わせなければならない人、
毎日でなくても、よく行く場所にいる人、
など、自分の生活の中で、頻繁に出会う人には、
知らんぷりを決めるほうが賢明です。
なぜなら、頻繁に出会うのですからね、気まずくなります。
私がよく利用するスーパーは、かなり人気のスーパーです。
駐車場は土日はいつも満車です。
ある日のこと、いつものように駐車場が満車で、
お店の土地なんだけど、駐車場ではないところに、
車を停めました。
あそこに停める人って結構多いんですよ。
すぐに済む買い物だからいいっかぁ、
と思っていると、たまたま店員さんが何かの用事で、
駐車場にやってきて、注意を受けました。
「そこには停めないでください」
ときつめのトーンで言われてしまいました。
私は「すみません」と謝って、駐車場が空くまで待ちました。
やっと車を停めて買い物をしていると、
さっきの女性店員がやってきて、
「さっきはごめんね」と言いました。
「私が悪かったんですから、どうぞ謝らないでください」と私。
それからと言うもの、この店員さんは笑顔もなく、
私がレジに並んでも、機械のようにタンタンとした態度。
駐車場のあのスペースには、
今でもいつもいろんな車が停まっています。
どうやら男性客には注意しない様子。
軽自動車に乗っている女性には注意しているようでした。
ベンツに乗っている男性なら、きっと注意しないんだろうな。
外見上のパワーバランスはクッキリと人を区別してしまう。
なんとも悲しいご時世だけど、これがこの世の特徴でしょう。
以前、別のスーパーですが、
私のほうが気まずくなったことがありました。
ながーい行列のレジで、
やっと順番がきた、と思ったら、
レジの女性スタッフが、
レジをしばらく閉じるためのサインを出しました。
私の後ろには誰もいなくて、
私ひとりを残してレジをとめてしまいました。
かなり待ったのにひどい、と思いましたが、
しかたなく私は他のレジに移りました。
最後のひとりなんだから、私の後にサインを出すのが普通ですよね。
お店の幹部の人に苦情を言ったことがあります。
会議に出して話し合うと言っていました。
次から私はその女性店員をさけてレジ待ちするようになりました。
注意した人のほうが困るんですよね。

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