不幸のレッテル、勝手に貼ってくれ!

自分は幸せだと思っていても、
あの人、かわいそうね、というレッテルを貼られることがある。
かわいそう、気の毒、と言われて、
シュンとなってしまう人は、
本当は幸せじゃないのかもしれない。
本当に幸せなら、不幸のレッテルなんて屁とも思わない。

東大を出ている人に、「お前ばかだなぁ」
と言っても、びくともしないでしょう。
あまり勉強しなかった人に、「良く考えろ、バカ」
と言ったら、むかつくでしょう。
自分の中の「馬鹿」を認めているから、腹が立つのです。
これは勉強に限ったことではなく、
いろんなケースに当てはまります。
日本人は普通の道を歩むのが好きですから、
その普通と言われている道から外れている人をみると、
馬鹿にしたり、かわいそうになったりするのです。
自分の中にある「普通」と他人の中にある「普通」は違います。
自分が思っている「普通」は当人だけに当てはまるものであり、
他人は通用しないのです。
私たち日本人は幼いころからマインドコントロールを受けて、
良い大学を出て、良い会社に勤め、良い給料を頂く、
という世間の評価を抱きしめて生きている人が多いのです。
最近は、いろんな芸や絵などを個人が披露し、
人もうらやむ「時の人」になれるチャンスがそこら中に転がっています。
まさに下剋上になっている今の世の中では、
良い大学、良い会社、という幸せのレッテルが薄れつつあります。
大学を卒業するのが当たりまえになっている現代社会では、
特に勉強したい分野もないのに、
大学卒業という普通のレッテルがほしいためにのみ大学に行く人が増えています。
今の社会では、レッテルの種類が変わろうとしています。
今までの「普通」が崩壊し、
お互いに違う価値観を認め合う時代になりつつあるように思えます。
いや、レッテルなんて無い時代になるかもしれませんよ。
高校を出てすぐ夢に向かってジャンプし、
自分のお店や学校などを持って、
自分の特技を世のため人のために磨き続ける人を
不幸だと言えるでしょうか?
たとえ成功していなくても、チャレンジする人はハッピーなはず。
大学も行かず、若いころからせっせと働いて、
サークル活動も、コンパも、飲み会にも行かず、
そんなに成功もしていないのだから、ヤツは不幸に決まっている。
という評価をもらったら、あなたならどういう反応をしますか?
私なら、そういう価値観の人とは合わないので、
相手にせず自分の道をコツコツ歩くでしょうね。
人の評価なんかを気にいていたら、生きていけませんよ。
他人の尺度の中から出てきたレッテルなんてものは、
臭いゴミでしかありませんから。
ゴミはゴミ箱に捨てたらいいわけです。

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