他人をあてにする人

世のため人のため、
と他人の幸せを優先している人は、
幸せなのだろうか?
自分さえよければいい、
と思っている人は、
利己的で周囲の人から嫌われるのだろうか?

 自分をさておいて、他人を優先させ、自分ってイイやつじゃん、と思っている人は、自分さえよければいいと思っている人より不幸かもしれません。別に、自分さえよければいい人間になりなさいと言っているのではありません。自分が不幸なのに、他人を幸福にすることはできないんじゃないかなぁ? 
 他人の幸せを優先する人間と自分の満足度を優先する人間を比べるということ自体が、世間を勝ち組と負け組に分けていることになります。そもそも、幸福なんてものは、幸福度を決める人によって定義が違っています。それに、人間は自分が一番かわいいのですから、命の危険にさらされたらまっさきに自分が逃げたい、と思います。自分に金銭的にも肉体的には余裕があれば、ボランティアでも何でもして他人を助けることができるでしょう。逆に自分に余裕がなければ、自分を助けるのに忙しくて、他人をかまっている場合じゃなくなります。つまり、人間は、他人のために生きる自分と自分のために生きる自分を同時に併せ持っているのです。資本主義の今の状態では、経営が苦しくなると社員を首にする現象が起こります。会社という組織を守るためには仕方ないことでしょう。こんなことを書くと、なんて冷たい人なんだ、と思われるかもしれません。でも、今の世の中は人をあてにする社会ではありません。人のために役に立つことをやったからといって、自分にそれ相応の良いことが待っているわけではないことを肝に命じましょう。そもそも、自分に良いことが回ってくるから、人には優しくする、なんてことはおとぎ話のストーリーに過ぎません。
 私たちは今、夢を見ているのかもしれませんね。今からやってくる大変な時代を生き抜くために大切なことは、他人をあてにしないことです。企業しようと思っている人は、協力してくれる人のネットワークが絶対必要条件になりますが、あの人がやってくれるから大丈夫、という頼り切った状態では痛い目にあうかもしれません。人は暖かくもあり、同時に冷酷でもあるのです。

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