自分で作ったストーリーに振り回される_ちょっとだけ気分が楽になる方法

何かまずいことをやらかしてしまったとき、
次にどんなことが起こるか予測してしまうのが人間。
厄介なことに巻き込まれた場合は、
人は良い方向には考えない。
最悪の事態を想像してしまう。
そして、さらに対策方法まで考えてしまう。
まだ何も起こっていないというのに、
ストーリーは止まらない。

 私たちは、過去の出来事からデータを分析して、こんな場合にはこんな結果になる、などと勝手に空想して悩むことがあります。何も考えるな、と言いたいところですが、思考や空想は自然に流れてきます。空に浮かぶ雲みたいに、いつか形を変えたり消えてしまうのに、早く未来を予知して難を逃れようとします。いまから起こることは神様だけが知っています。未来は誰にも分からないのです。 
 心配性の人やかなり切羽詰まった事態に直面している人は、今から起こりうることは自分の空想でしかないということを自覚したほうがいいです。しかし、今までの経験からきっとかくかくしかじかの状態になるわ、と言って無駄なエネルギーを使って苦しんでいる人が多いのです。もしかしたら何も起こらないかもしれないのに、対策法まで考えると、骨折り損のくたびれ儲けになってしまいます。そこまで準備を整えている人は、せめて、さらなる脚本作りをやめるべきでしょう。空想して解決できるものはほとんどありませんから。一度対策法を考えて、最悪の準備が整ったら、その時点で空想をやめることです。楽しいことをする時間がもったいないですからね。しかしながら、良いストーリーもあります。有名な話をあげると、チョコレートのキットカットがそうです。それを食べて試験会場に臨むと合格する、という意味不明な儀式です。チョコレート以外でも、サラリーマンが大切なお客様と対面するとき、あるネクタイをつけて臨むと大きな契約がとれる、など、自分で思っている楽しい空想遊びがそれです。良い行いをすれば良いことが起こり、悪い行いをすれば悪いことが起こる、というのは、子供のころから先生や親に刷り込まれたストーリーであり、すべての人類の脳に植え付けられた観念です。こんなことが本当なら、高齢者が運転していた車にはねられて亡くなってしまった奥様と子供と生き残った夫は、悪い行いをしたからあんな目にあったという方程式になりかねません。本人の行いや考え方に関係なく、生きていると、理不尽なことや望まないこともたくさん起こるのです。
 頭に浮かんできたストーリーは自分の想像でしかなく、現実の自分の未来に起こる事は誰にも分かりません。想像は想像以上の何事でもないことを思い出して、何事に対しても、期待しないことです。ある対策が頭に浮かんだら、自分が考えた対策であって、他にもいろんな道、あるいは、自分が考えたよりももっとマシで安全な道もある、と思う事が大切です。

蓮如聖人の『白骨の章』を読むと小さな失敗なんてどうでもよくなります。

 

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