あの世で神様に尋ねられること

人生は修行でもなく、得を積むことでもない。
あの世に持って行けるものは何もない。
どんなに立派な豪邸に住んでも、
有り余るほどのお金を持っていても、
死ぬときは、
この世に存在していたすべてのものを捨てて、
あの世に旅立つ。
一緒に行ってくれる仲間もいない。
私たちは与えられたエネルギーを使って、
この世界を楽しむためにここにいる。

ネイサン・ギル氏の『すでに目覚めている』という本に、
人生は最大の娯楽である、と書いてあった。
そんなことも有りえる、と思う。
あの世に行って神様から聞かれることは、
「人生を楽しみましたか?」
のひとことだけかもしれない。
私たちは宇宙エネルギーそのものであって、
活動したり、経験したり、いろんな感情を味わうことによって、
エネルギーを消耗している。
悲しいときも、嬉しいときも、
同じ宇宙エネルギーを発散している。
お金はあの世には持って行けないし、
お金儲けよりも得を積むことによって、
あの世での暮らしが楽になる、
俺、或は、私は、悟ったから、
不必要なものをどんどん捨てて、
無物欲を消す、
という宗教臭い人がいる。
人間である限り、物欲は消えない。
得を積むと、いい気分になるかもしれないが、
ただそれだけのこと。
死ぬとすべての人は同じところに行く。
たくさんお金があって好きな物を買う、

というのは悪い行為なのでしょうか?
好きな物を買って、好きな物に囲まれて、
人生をエンジョイしているので、
私は良いことだと思う。
この世界は物質の世界で、
人間に欲望がなければ、
何も発展しないし、誰も努力しないし、
非常に無味乾燥な世界になるでしょう。
私たちの住むこの世界は、
映画を観ているようなもので、
主人公に完全に感情移入しているから、
苦しいのかもしれない。
主人公が大怪我をする場面では、
目をそむけたくなる。
しかし、目を背けると、
生活に溶け込んでいる箪笥やパソコンなどが、
目に入ってくる。
一瞬だけ現実の世界に戻って、また映画を観る。
私たちがあの世に戻ったとき、
あ~、夢で良かった、と思う時がくるのかもしれない。
すべてを失ったとき、すべてが与えられる

すべてはノンデュアリティー!

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