『ホームには誰もいない』 By ヤン・ケルスショット を読んで感じたこと

多くの人が、内なる自分の意思に反して社会的基準、教育、広告、様々な概念などが作った理想像を心に抱いて生きています。そして自分が期待する人生ストーリーを作り上げようと必死に悪戦苦闘しているのです。私達は、かくかくしかじかでなければならない、という固定概念に縛られて心の平安を失い、とかく体裁に振り回されやすいところがあります。どうしたら、もっと気楽に生きられるのでしょうか? 今日は、面白い本を紹介します。タイトルにある『ホームには誰もいない』という本です。私はキンドル版で読みました。

 

世界中の人が私ひとりをドッキリにかけている

私は子供のころ、面白い感覚を味わったことがあります。あの時の感覚をこの本が説明してくれているような気がしました。私がまだ小学校低学年だったころ、自分だけが本当の人間で、地球上の他の人はすべて幽霊かロボットかなんかで実在していないのではないか、と思ったことがあります。SF小説の読み過ぎだったのかなぁ(笑)。さらに、ドッキリ番組のように、私だけが騙されていて、地球上のすべての人間がドッキリの仕掛け人じゃないか、などと想像したこともあります。実際、そうなのかもしれませんよ。私は気が振れていますか? この本では、「マインドが機能しなければ、すべては存在しない」という哲学者の見解を取り上げています。眠っている時は外界を知覚することはできないのですから、眠っている人にとっては外界は存在しなくなります。
では、人生を味わっているのは誰なんでしょうか? 目で見て耳で聞いている、というのはウソかもしれませんよ。生命のエッセンスがすべてを感じ、私達の命を輝かせています。素晴らしい神秘の世界は私達のすぐそばにあります。この本を読んで、決して金銭では買えない生命の本性を覗いてみませんか?

藻のようにユラユラ生きる

私達は、過去の出来事を分析して未来を予想します。しかし、すべては予測不能のまま、自然発生的に起こるのです。川の流れや風の向きに逆らって進もうと思ったらかなりきついですよね。起こった出来事をそのまま受け入れて、その出来事に身を任せるのが楽な生き方です。今、目の前でナイフを突きつけられているのに、そのままナイフを受け入れなさい、と言っているのではありません。生命体は命を守ろうとするようにプログラムされていますから、生命の危機を感じると、うろたえるか逃げ惑うなどするでしょう。そういう極端な場合ではなく、今回のようにコロナが引き起こした経済的ダメージも、自然発生した風や川の流れのようなものだとしたら、苦しい今の状況をそのまま受けとめて、この本に書いてあったように、「頭の中の指揮官を待機モード」にするのもいいかもしれないと思いました。生まれた時から存在する遺伝子に組み込まれた通りに、生き延びるための工夫をするのは当然ですが、慌てず、焦らず、気長にやっていくのだ、という気楽さこそが、スルッと苦境をすり抜けるコツかもしれないと思いました。
私達は、何かになる必要も、何かを獲得する必要もないのです。無駄な抵抗をやめて、私達がどっぷり浸かっている無限性の中に安らぎをみつけませんか。

罪悪感に悩む人へ

輪廻転生やカルマという言葉があります。これらは人間が作った概念であり、私達は正しいことと間違ったことを選択できるとされています。カルマは、その選択の結果、報われたり罰せられたりするという考え方です。天国と地獄という考え方も人間が考えた概念のひとつです。この考え方は、この本の中では「分離した自我の概念」とされていて、すべてはひとつのエネルギーから発生しているというノンデュアリティーの考え方に反しています。これを説明するのに砂浜で作られた砂の城の例え話がありました。砂のお城は砂でできたお城として存在しており、砂浜は無限で非人格的な存在です。お城が壊されると、ただの砂になるわけです。元お城だった砂は一粒たりとも砂浜から逃げることはできません。善も悪も、正しい事も間違っている事も、全部同じ「意識」に存在する同じものですから、私達の行いによって、良いことが起こったり悪いことに遭遇したりすることはありません。だからといって、好き勝手放題に人に迷惑をかけてもいいという意味じゃなくて、私達は与えられた遺伝子に従って行動しているということです。突然変異で、精神を患い通り魔のような行為をする人も、そのような役柄を演じなければならない可哀そうな人、と解釈すれば、哀れみの心を向けることができるかもしれません。
あの時、あの人を傷つけたな、悪かったな、と反省する心があれば、なお大丈夫。どんな人もみんな、死んだら天国に行くんじゃないですかね。この本は、人情味とかが無くて、冷たい印象を受けましたが、気が楽になることは確かです。

気付いているのといないのでは大違い

人生の目的は、健康で、かつ、お金持ちになって楽な生活ができる、ということではなさそうです。その時その時で、事態は刻々と変化していき、お金持ちの時もあれば、一瞬のうちに貧乏になってしまう時もあります。世界はなんと不安定なんでしょう。確かなものはひとつもないように見えます。しかし、ひとつだけ確かなものがあります。それは、永遠に変わらないピュアな意識です。この本では、「私達は無限で、いたるところに偏在し、非人格的だということです」と書いてありました。そのことに気付いていると、リラックスした人生を送れるような気がします。特に大変なことが起こった時にも、パニックにならずに済むかもしれません。最近、私は、ムカッとくるようなことが起こっても、いつまでもその嫌な気分に振り回されなくなり、嫌な出来事や感情が通り過ぎるのを静かに見送ることができるようになった気がします。
どんなことでも、受け止め方が変わると、ある程度、明快かつシンプルな生活ができるようになります。いろいろとグチャグチャと考えなくなり、変な人が現れても、変な人だなぁ、と見送る。つまりスルーする。そしてスルーしても心の中にゴミをためない。そう、すべてはワンネスから発生した素晴らし愛の表現だから、大丈夫。どんなことが起こっても大丈夫です。

この本は心が軽くなる本です。生きていることがつらくなった人、むなしくなった人、ひどく自分を責めている人、にお勧めします。

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